Cogito Ergo Sum.

我思う故に我あり

悪夢

 ここ1週間くらい嫌な夢を見ることが多くて思い出した。小学生の頃「どうして人間は眠くなってしまうのか(睡眠をとらなければならないのか)」と悩んだことがある。可能ならば全く寝ないで済ましたかった。何故か? 2日に1回は悪夢を見て夜中に飛び起きていたからだ。

 悪夢というのは、それが夢だとわかっていないから怖いというわけではない。夢の中で恐怖体験に遭遇している。それが夢だとわかっていたとしてもやはり怖いものは怖い。しかも、悪夢の恐怖感というのは目が覚めれば即座に薄れるというものでもない。「何だ夢だったのか」とホッとするというわけではなく、恐怖はしばらく持続する。しかも、再び眠りについたら悪夢の続きを見ることもあるから、うかつに眠れない。2日に1回は悪夢を見ることを自覚しているわけだから、寝るのが嫌で嫌でたまらなかった。そもそも何故人間は眠らなくてはならないのだろうと思ったのはこういうわけだ。寝なければ悪夢を見ることもないのに!!

 そうした恐怖体験を伴う悪夢を見ることは次第に減っていった。さすがに中学生の頃には寝るのが怖いとは思っていなかったと思う。ただ、嫌な夢は今でもしばしば見る。僕が見る嫌な夢の中で最も多いのは、走ろうとしたり誰かと殴り合いをしているのに、まるで水中にいるときのように体がスローモーションでしか動かないという夢だ。もう1つ多いのが、食いしばると歯が砕けていく夢。もう飛び起きるような悪夢を見ることはほとんどないが、嫌な夢を見た後の数時間はネガティブな気分に支配され続けるのは今でも困っている。気分というものは理性的な判断や意思決定にかなり大きな影響を与えるものだからである。