2006-06-01から1ヶ月間の記事一覧
あるアイデアを思いついた。 単なるWEBプロキシサーバーなんだけど、そのサーバーを経由してWEBページを見ると、キャッシュされているページが一覧となって表示されるという機能付き。 皆が(「誰が」まではわからないとしても)どんなページをみているのか…
うちの研究室の院生のほとんどはmixiをやっているようなのだが、非常に内輪付き合い傾向の強いネットワークを形成しているように思う。mixiGraphで見てみると、これ完全グラフじゃないか?と思うほど。 しかし、どうも僕は、インターネットを利用して内輪付…
Granovetterによる『弱い紐帯の強さ』という議論がある。 弱い紐帯というのは滅多に会わない知り合いのようなもの。反対に強い紐帯というのは、家族、ご近所、会社の同僚等の毎日顔をあわすような人たち。強い紐帯の人たちとは大抵の場合、同じ共同体に属し…
ニューラルネットの本を読んでいて、「あいまい検索」みたいなのはこれを使えばできそうだということがわかった。あいまい検索って要するに家族的類似性判断ということか? 定義的特徴を共有するかどうかによる類似性判断を仮にデジタル的と呼ぶとして、家族…
小学生の頃住んでいた家は2階建てで、急な階段があった。天井に電灯が1つついていた。電灯のスイッチは、階段の両端、つまり、1階と2階に1つずつついていた。 スイッチは、上方向か下方向に切り替えるタイプのもので、必ず上か下かの値をとる。この家には7〜…
先日「デジタル」という言葉から連想遊びを始めてみたら、思わぬところに辿り着いた。 digitalっていうのは僕に言わせると「離散的」ってことだ。反意語はanalogueで「連続的」。digitalは形容詞で、名詞としてはdigitがある。これの意味はケタ(桁)。ちな…
深夜のNHK教育テレビを見ていて、面白い研究を知った。2枚の顔写真が同一人物かどうかを判定する方法の開発なのだが、従来の方法より1000倍も速いという。 まず、2枚の画像について、サイズとか角度とかあらかじめしかるべき処理を行う。次に、それぞれの画…
「日本語プログラミング言語」というアイデアは常にある。はたして英単語の代わりに日本語を使うことによってプログラミングが楽になるのかどうかわからないが(ある人が叫んだ! 「私が配列でつまづくのはアルファベットが苦手なせいではない!」 ごもっと…
『プログラマの数学』(結城浩 ソフトバンクパブリッシング 2005年) 僕はこの本をとても面白く読んだのだけど、アマゾンのカスタマーレビューでの評価はそんなに高くない。「文系・素人向けで、理工系・プロには不要」といった評価が多いように思う。 何を…
定規は単に直線をひくためだけの道具だから、本来目盛りがふられていない(作図に用いる正統派3角定規には目盛りがふられていない)。コンパスは線分の長さをうつしとることはできるけれど、その長さを値として知ることはできない。 幾何学の世界というのは…
自然対数の底eの話。 インターネットでeについて検索してみたら、こんな説明があった。・カードをN枚用意して、1枚目のカードに1、2枚目のカードに2、・・・N枚目のカードにN、と順に書き込む。 ・カードをよくシャッフルして、1枚ずつ1列に並べる。 ・i番目の…
中1数学の勉強で四則演算についていろいろ考えた。考えた結果得たのは「加算と減算は、荷物の追加・取り除き」「乗算・除算は荷物の積み降ろしである」というアイデアだ。 まず、数というのは四角いダンボール箱の個数として図示することができると考える。1…
論理演算と言えば、否定、論理積、論理和、排他的論理和しか知らなかったが、含意という演算があることを最近知った。 「含意」とは「AならばBである」という演算で、真理値表で表すと、 A B A⇒B 真 真 真 真 偽 偽 偽 真 真 偽 偽 真 という演算である。 …
「12345」。これを漢数字で「一ニ三四五」と書くと何か変である。 「いち、に、さん、し、ご」なのか「いちまんにせんさんびゃくよんじゅうご」なのか区別がつかないからだ。後者であることを明示的に示したい場合は、「一万ニ千三百四十五」と位を書き入れ…
哲学と数学、その本質はたぶんほとんど同じものだ。ところが、片や哲学は文系の本丸、片や数学は理系の本丸。両極に位置するものとすら考えられている。両者を区別するものはいったい何なのか。 自然科学者の多くは物理学者にコンプレックスを抱いているのだ…
古代ギリシアで盛んだったのが数学と哲学だとして、面白いなーと思うのは、数学というのが1人でもできる遊びなのに対して、議論というのは本質的に1人ではできない遊び、つまり社会的な遊びだということだ。 僕が「遊び」についていろいろ考えるというのは独…
数学と哲学の本質は「遊び」である。というわけでまた「遊び」の話。 「数学」と「哲学」。この2つの言葉から連想するのは? 「古代ギリシア」だ。 古代ギリシアでは幾何学が発達した。また、政治体制に対する議論が活発に行われていた。日本の歴史も随分長…
ある処理をどうやったら実現できるかなと考えるのは楽しい。もっと高速化できないかなとか、メモリの消費量を減らせないかなとか、一生懸命考えていると、自分でも驚くほどアイデアが出てくる。こうやって考えるのは楽しい。パズル遊びみたいなものだ。 この…
「遊び」の本質がどこにあるかって考えてみると・・・、「遊ぶことそのものが楽しい」という点にあると思う。 これは定義みたいなもので、もともと「遊び」として行っていた行為でも、楽しくないのにいやいややらなくてはならなくなった時点で、それは「遊び」…
世の中には既にデバッガー組合の実例がある。世界中に散在するLinux開発者の形成するコミュニティだ。皆、Linuxの開発が面白いから無償でエネルギーを費やす。難しい問題にこそ挑むプログラマがいる。Linuxの開発においては、本当に皆が好き勝手につくったプ…
他人のプログラムのデバッグが一番楽しい(無責任に知的好奇心の追求を楽しめるから。つまり遊びだから)。 自分のプログラムのデバッグは苦しい(責任があるから)。 他人のプログラムのデバッグだけやってりゃ楽しいのに(遊んでるだけだから)。 本当にそ…
文系Sundayプログラマにとって最も楽しい作業は何か? 他人のプログラムのデバッグである。 デバッグ作業そのものは、その対象が自分のプログラムであっても楽しい。よくわからないがエラーが起こる。何故起こるのだろうか? エラーが起こる条件を探ってみる…
知っている人の書いたコンピュータ・プログラムを読んでみると非常に面白い。その人の性格が見事に映し出されているからだ。 せっかちなあの人が書いたプログラム、几帳面なあの人が書いたプログラム、プラグマティックなあの人が書いたプログラム、臨機応変…
NHK教育テレビの語学番組を久しぶりに見ていてNHKもかわったなと思ったのは、生徒役が優等生じゃなくて、全然わかってない(フリをしているだけかもしれないが)タレントだということだ。 生徒が優等生だと授業がどんどん進んでしまって、多くの視聴者が置き…
問題なく動くプログラムができあがった時点でコンピュータ・プログラミングは終わるわけだから、当然、できあがったプログラムには問題がない。非常に理路整然としていて無駄1つない。あるべきものがあるべきところにあるだけだ。できあがったプログラムを見…
趣味でコンピュータ・プログラムを書いているような、独学系素人Sundayプログラマのプログラミング上達の近道は、自分なりに試行錯誤してみた後で、他人が書いた良いプログラムを見てみることではないかと思う。 自分なりに試行錯誤してみると、参考にしたプ…
米を炊く、というのは実は自分にとってなかなか難しい課題であったりする。というのも、米は炊き上がるのに30〜40分かかるからである。 ・・・、何故そんなことが「米を炊くのが自分にとって難しい課題」ということを意味するのかというと、「今すぐ食べたい!…
年末から年度末にかけて、大学院生ってのはさびしいものだなといつも思う。これは教育関係者は皆そうなのかもしれない。 毎年繰り広げられる大騒動。クリスマスに卒論提出、新年明けて卒論要旨提出、2月頭に口述試験、卒業旅行だ! 卒業式だ! たった2年ほど…
僕は「頑張れ」と言うのも「頑張れ」と言われるのもあまり好きではない。大抵の場合「頑張れ」はとても無責任な言葉だからだ。「頑張れ」と言ってしまったことの責任は大抵問われない。「頑張れ」のそんな無責任さが嫌いだ。だいたい他人事だから「頑張れ」…
自宅のトイレットペーパーが完全になくなってしまったのに下痢。大ピンチである。どうして残りあと1個になった時点で買いに行かなかったのだろうと悔やむ。 実は僕はこういうときの非常に良い対処法を知っている。マンションの隣の部屋の住人にトイレットペ…