Cogito Ergo Sum.

我思う故に我あり

『英語耳』なんてものが本当にあるんだろうか?

 2週間くらい、英語学習SNS「smart.fm(旧iKnow!)」を利用して英語のリスニングの練習に没頭していた。平均すると、1日に異なる200例文を2回ずつ聴いた。

 これだけ集中してネイティブスピーカーの発音を聴いたことはなく、たった2週間強で以前より多少英語が聴き取れるようになってきたような気がする。

 最初に「あれ? 聴き取れるぞ?」と思ったのは、始めて3日目のとき。今から考えてみれば、これは単に英語のリズムに慣れただけの話なのだが、そのときは「これが『英語耳』ってヤツか? 『英語耳』が俺にもできつつあるのか?」とはしゃいでしまった(それで、本格的にのめり込んだ)。

 その次にまた変化を感じたのはまだほんの2〜3日前の話なのだけど、始めた頃には速すぎると思っていた例文の読み上げスピードを今ではちょうど良く感じる。最初の頃聴いていた例文は随分遅く感じる。

 それで、いろいろ考えたのだが…、英語テキストのタイトルや英会話教室の広告で「英語耳」なんて言葉を見たり聞いたりして想像していたのは、外国語のネイティブスピーカーの発する音声に長時間さらされていれば、「日本語にはない母音や子音(あるいはその区別)を聞き分けられる能力」というものが徐々に身についてくる、というようなことだった。そういう現象を、やや神秘的な表現として「英語耳ができる」と言っているのだろうと思っていた。つまり、それまでは曖昧にしか認識できなかった音がだんだんクリアに聴こえるようになってくる、そういう変化が訪れるのかと思っていた。だけど、本当にそうなんだろうか?

 ただ聴いているだけで、ある言語の母音や子音を聴き分けたりできるようになるのは、(乳幼児期に置かれていた言語環境にもよるのだろうが)基本的には第一言語に限られた話ではないだろうか。僕が多少英語を聴き取れるようになってきたように思うのは、英語の母音や子音を聴き分けられるようになってきたからではない。単にある種のパターンを憶えてしまったからに過ぎない。

 例えば、僕には、「per」で始まる単語の多くは(無理を承知で敢えてカタカナで書けば)「パー」ではなく「プラ」で始まっているように聴こえる。「t」の音は「ラ行」の音に聴こえる。だから「permitted」は「プラミリル」に聴こえる。「competitor」は「コンペリラー」、「automatic」は「オロマリック」(宇多田ヒカルだってそう唄ってるじゃん)。

 「stayed at home」は「ステイリルホウン」だし、「a lot of」は「アラアブ」、「rarely」は「ウェアリィ」、「direct」は「デュレクト」、「width」は「ウィズ」、「been」は「ベン」、「yesterday」は「イ・エ・ス・タ・デーイ!」みたいな(ちょっと恥ずかしい)感じに聴こえる。英語の発音一般に敏感になってきたのではなく、ある特定の単語の聴こえ方を記憶してしまったに過ぎない。

 「get involved with」みたいな決まりきった熟語(?)は一息に発音されるから、「ゲリンボウブヴィズ」みたいな感じになっている。これを一語一語聴き取ろうというのがそもそも無理な話で、一息で発音されているものはその音の塊を単位として聴き取るしかない。何のことはない、「good idea」は「グライディア」だって、ただそれだけの話。

 こんなことを1つ1つ憶えようとしたら、総数50万語と言われる英単語をとても憶えきれないが、5000単語で、通常の英会話で用いられる単語の95%をカバーできるそうである。だったら、5000単語とよく使われる熟語の音を丸暗記しちゃえばそれでいいんじゃないの? 5000単語と聞くと大変な量のように思うかもしれないが、勉強を始めて1年ちょっとで僕は韓国語の単語を1000語くらいは憶えたし、「mother」とか「good」とか「take」とかを含めて5000である。初めて見るような単語はほとんどないだろう。日本の中学英語で出てくる単語って全部でいくつくらいあるのかなぁ。

 今のところ相変わらず、「Their」と「They're」と「There」の区別もつかないし、動詞の終わりが三単現のsなのか過去形のdなのかわからないことが多いし、「increasing sales」も「increase in sales」も僕には同じに聴こえるけれども、文法の知識でカバーできるものもあるし、そもそもはっきりとわかるような発音上の違いがないってことは、その区別が実はあまり重要ではない、ということを示唆している場合もあるように思う。聴き分けられなくても構わない部分ってのは結構ある。

 むしろ重要なのは、文脈を予測する力や、発言者の発言意図を推測する力ではないかと思う。発言者が何をしたくて、何を言いたいのか。今何について話していて、どんな単語が使われている可能性が高いか。それがわかるなら、聴き取りはかなり容易になるだろう。

 まずは、中学や高校時代に散々目にしてもう熟知していると思っているような単語の実際の発音を聴いて憶えること(おそらく大部分は、1度もネイティブスピーカーの発音なんて聴くことなく「目で見て」憶えた単語だと思う)。それから、文脈を推測する力をつけること(これについては僕は日本語でも苦手なので、具体的にどうやって身につければいいのか皆目見当がつかないが…)。それは「英語の母音や子音を聞き分けられる不思議な耳」をつくる、ということとは違うと思うけど、本当は「英語耳ができる」ってこういうことなんじゃないのかなぁと思う。