Cogito Ergo Sum.

我思う故に我あり

情報の流れを考慮した部屋のレイアウト

 もう7〜8年前だったと思うが、コンピュータ雑誌のインタビュー記事を読んでいて、どこかのコンピュータ関係の大企業(IBMだったかな?)の偉い人が、「我々はいまやオフィスビルを設計することができる」というようなことを言っていたのが印象に残っている。

 彼の主張はこうだ。彼らは、企業内のコンピュータ業務システムの開発を請け負うことが多い。業務システムを設計するためには、その企業の中でどのような情報がどのような経路を辿ってどこからどこへ流れているのかを把握する必要がある。そして、ひとたび情報の流れを把握することができれば、業務や経営上の意思決定に必要な情報の種類、部署内での情報の集約方法、部署と部署の関連性、指揮命令系統、等を理解することができるため、コンピュータ業務システムの設計だけでなく、オフィス内の各部署の配置や部署内の机等のレイアウトまで設計することができる、というのだ。人の流れは結局のところ情報の流れであり、高度に情報化の進んだ企業のオフィスを設計できるのは、旧来の建築家ではなく、情報の流れという観点をもっているシステムインテグレーター(?)だというわけだ。

 このことを急に思い出したのは、部屋の模様替えを始めてしまったからだ。部屋のどこに何を置くかは、もちろん部屋の構造上の理由によっても決まるが(例えば、窓をふさぐようにタンスを置いたりしないとか、暖房器具のすぐ横にものを置けないとか)、それだけでは使いやすい配置にならない。部屋の中の生活において、同時にアクセスする情報の「組み合わせ」というものを考慮することが重要だ。

 例えば、これまでは、コンピュータの周辺を仕事スペースと考えて本棚や資料等を置き、布団の周辺をくつろぎスペースと考えてAV機器やCD・DVDを置いていた。しかし、同じ本でも、コンピュータ作業しながら参照するような本は今のままでいいが、多くの本は布団の上に寝転がって読むことが多いので布団から手の届く位置にも本棚が欲しい。料理の本は台所にあった方がいい。ここ数年1度も手にとっていないような本はそもそも本棚に入っている必要がなく、ダンボールに入れて押入れの奥にしまっておいても構わないはずだ。また、同じ音楽ソースでも、CDとレコードを必ずしも近くに置く必要はない。CDとDVDはコンピュータでもAV機器でも再生する可能性があるので、それぞれから手の届くところに置いておかないと分散してしまうが、レコードはコンピュータでは再生できないのだから分散の心配がないのだ。

 てなことを考えていたら、ますます模様替えの配置が難しく思えてきた。一段落するのはいったいいつになるやら。