Cogito Ergo Sum.

我思う故に我あり

献立と長期的観点

 少し自炊づいてきてまたまた気づいたことがある。食料をまとめて買うのなら、少なくとも数日間の献立を考えるべきだということ、そして、数日間の献立を考え始めて初めて、バランスよくいろんなものを食べることを具体的に考え始める、ということだ。

 僕は長期的な観点に立つのがどうも苦手で、結局いつも似たようなものばかり食べている。いろいろなものをバランスよく食べた方が何かと良いといくら理解していてもダメなのだ。こういうのは、知識の問題でも動機の問題でも価値観の問題でもないのではないかと思う。考えてみると、僕は今日これから何を食べるかを決めるとき、昨日何を食べたかについて考慮することがないように思う。そのため結局、毎回同じものを選択することになるのではないか。つまり、どちらかと言えば、意思決定プロセスという認知の問題か。

 数日分の食料を買うとなると、いやでも長期的な観点に立たざるを得ない。その結果、献立のバランスという概念が自ずと現れてくる。こうして考えてみると、近所のスーパーで野菜をバラ売りしていることをこれまでは好意的に評価していたが、むしろその日その日必要なものだけを必要な量だけ買えてしまうことが、かえっていつも同じものだけを食べ続けることに僕の場合つながっているのかもしれない。